☁太陽がないときには☂

ロマン・ロラン Romain Rolland
1866年1月29日 – 1944年12月30日
フランスの、理想主義的ヒューマニズム – 平和主義 – 反ファシズムの作家。戦争反対を世界に叫び続け、国際的に多くの知友を持った。1887年にはトルストイ『戦争と平和』を読んで、トルストイと文通までしている。

1914年8月に勃発した第一次世界大戦に対しては、たまたま滞在中のスイスから、仏独両国へ「戦闘中止」を訴える。このことから祖国への反抗と受け取られて帰国できない状態になったが、その反面アルベルト・アインシュタインやヘルマン・ヘッセ、エレン・ケイらと意を通じ合うことになる。こうした国際的には評価される一方で、母国では好感されぬ傾向は、生涯にわたることになる。1916年(50歳)に1915年度のノーベル文学賞を受賞。1917年にロシア革命が勃発すると早くも支持を表明し、レーニンの死やロシア革命10周年に際してはメッセージを送った。(ウィキより)

 

時代はちょっと遡って、レーニン前のロマノフ王朝後半のロシアでは、凶作、コレラ、戦争の繰り返しで、チャイ コフキー(1840年5月7日 – 1893年11月6日)の書き残した言葉を思い出す。

QBlue芸術家であることは、何と幸福なことであろう。我々が、毎日、身をもって体験しているところの、この陰惨な時代には、 ただ芸術だけが重苦しい現実から注意をそらしてくれるからだ。

そして、チャイコフスキーが亡くなった翌年、帝国は崩れる。

 

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